京都地方裁判所 昭和61年(行ウ)13号 判決 1991年12月20日
京都市山科区川田欠ノ上三二番地の一九
原告
小島久夫
右訴訟代理人弁護士
高田良爾
京都市東山区馬町通東大路西入る新シ町
被告
東山税務署長 岡嶋貞夫
右指定代理人
杉浦三智夫
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告が原告に対し昭和六〇年三月一日付けでそれぞれなした、原告の昭和五六年分の所得税の総所得金額を四八六万七、六一三円、同五七年分の所得税の総所得金額を七四二万二、〇七二円、同五八年分の所得税の総所得金額を六二八万〇、五九〇円とした各更正処分及び右各年分の過少申告加算税の賦課決定処分(但し、昭和五六年分はいずれも異議決定による一部取消後のものをいう。)(以下、以上の各処分を「本件各処分」という。)のうち、総所得金額につき、昭和五六年分は二七八万五、三〇〇円、同五七年分は二八六万八、〇〇〇円、同五八年分は二一一万八、九四七円をそれぞれ超える部分をいずれも取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二 被告
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
一 原告(請求原因)
1 原告は、管工事業を営む者であり、原告の、昭和五六年分ないし同五八年分の所得税の確定申告、更正、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は別表甲1のとおりである。なお、裁決書謄本が原告に送達されたのは昭和六一年四月一四日である。
2 本件各処分には、以下に述べる理由により違法である。
(一) 被告は、税務調査につき、第三者の立会いを認めず、かつ調査理由の開示も行わないで、違法な調査に基づき本件各処分を行った。
(二) 本件各処分のうち、原告の各申告総所得金額を越える部分は、原告の所得を過大に認定したものである。
3 よって、原告は被告に対し、本件各処分のうち別表甲1の各年分の確定申告欄記載の額を越える部分の取消を求める。
二 被告
1 請求原因に対する認否
(一) 請求原因1の各事実を認める。
(二) 同二(一)(二)のいずれも争う。
2 主張
(一) 調査の適法性
(1) 第三者の立会拒否について
本件では、税務調査に第三者が立会うことは、税務職員に課された守秘義務に違反するおそれがあるし、税理士の資格を有しない者が反復して税務調査に立会い、税務代理にわたるような行為をなした場合には税理士法違反のおそれもあり、さらに、立会人の発言等により円滑な調査が妨げられることが予測されたため、第三者の立会いを認めなかったものであるから、立会拒否は違法でない。
(2) 調査理由の開示について
調査の理由の個別具体的な告知は、法律上、質問検査を行うための要件とされていない。したがって、本件各処分にあたり、税務調査につき調査理由の具体的告知を欠いたとしても、これが違法とされるものではない。
(二) 事業所得金額
(1) 推計課税の必要性
被告は、本件係争各年分について原告の申告にかかる所得金額が適正なものかどうかを確認するため、所属職員を原告の所得税調査にあたらせた。
右職員は、昭和五九年一〇月二四日以降六回にわたり、原告の居宅兼事業所に臨場し、その際、あるいはその後も昭和六〇年二月二三日に至るまで電話等で、原告に対し、本件各係争年分の事業所得の金額の算定の基礎となるべき帳簿書類等を提示するよう求めた。しかしながら原告は第三者の立会いに固執してまったく調査に協力しようとせず、わずかに昭和五八年度分の収支計算書を提出したのみで、その外確定申告書記載の所得金額の正確性を確認し得る資料を一切提出しなかった。
以上の経緯により、被告はやむを得ず、推計の方法により算出した金額に基づき本件各処分を行ったのであり、推計の必要性が存在した。
(2) 推計の合理性
被告が行った原告の本件係争各年分の事業所得金額の推計は、次のとおり合理的である。
イ 大阪国税局長は、原告の事業所所在地を管轄する被告、及び、京都市内で東山税務署に隣接する左京、中京、下京、伏見の各税務署長に対し、本件係争各年分を通じて次の(イ)ないし(ト)のすべての基準を満たす者を抽出するよう通達指示したところ、右各税務署長が右基準にしたがって機械的に抽出した同業者は、別表乙3ないし乙5記載のとおり一三名であった。
(イ) 管工事業(主として給排水及び空調関係の配管工事。但し、ガス配管工事を除く。)を営む個人事業者で青色申告をしている者であること。
(ロ) 右(イ)以外の業種を兼業していないこと。
(ハ) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。
(ニ) 事業所が自署管内にあること。
(ホ) 年間の売上金額が二、七〇〇万円以上、九、八〇〇万円未満であること。
なお、右売上金額の範囲は、事業規模の類似性を担保するため、被告主張の原告の売上金額を基準に、上限を昭和五七年分の約一・五倍、下限を昭和五六年分の約半分としたものである。
(ヘ) 事業専従者が妻のみであること。
(ト) 本件係争各年分の所得税について、不服申立または訴訟が継続中でないこと。
ロ 右抽出基準によって抽出された同業者は、原告との業種業態の類似性、事業場所の近似性及び事業規模の類似性を具備しており、また、その申告の正確性について裏付けを有する青色申告者であるから、右抽出基準は合理性があり、これに基づいて算出された数額は正確である。
そして、右同業者の選定は、大阪国税局長の発した通達に基づき機械的になされたものであって、そこに恣意の介入する余地はない。
したがって、被告がした右各同業者の平均算出所得率を用いて原告の本件係争各年分の事業所得の推計には、合理性がある。
(3) 事業所得金額の計算
イ 売上金額
原告の本件係争各年分の売上金額の合計額はそれぞれ別表乙1の<1>欄記載のとおりであり、その内訳明細は別表乙2のとおりである。
ロ 算出所得金額
原告の本件係争各年分の各算出所得金額(売上金額から工事原価及び一般経費の金額を控除した金額)は、イの各売上金額に、別表乙3ないし乙5記載の同業者の各平均算出所得率(売上金額に対する算出所得金額の占める割合の平均値)をそれぞれ乗じて算出したものであり、その金額はそれぞれ別表乙1の<3>欄記載のとおりである。
なお、右同業者の工事原価の算出は、期首の半製品及び仕掛品の棚卸高にその年分の仕入金額、雇人給料賃金および外注費の合計金額を加算し、期末の半製品及び仕掛品の棚卸高を控除した金額をもって工事原価とした。
ハ 特別経費
原告が伏見信用金庫山科支店へ支払った手形割引料であり、その金額はそれぞれ別表乙1の<4>欄記載のとおりである。
ニ 事業専従者控除額
原告が本件係争各年分の確定申告書に記載した、原告の妻小島靖子にかかるものであり、その金額はそれぞれ別表乙1の<5>欄記載のとおりである。
ホ 事業所得の金額
原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、前記ロの各算出所得金額から前記ハの各特別経費の金額及び前記二の各事業専従者控除額をそれぞれ控除した金額であって、それぞれ別表乙1の<6>欄記載のとおりである。
したがって、右各金額内でなされた本件各更正処分はいずれも適法である。
三 原告(認否、実額主張)
1 認否
(一) 被告の主張二2(一)(1)(2)をいずれも争う。
(二) 同(二)(1)の各事実のうち、被告部下職員が、五回だけ、原告の居宅兼事業所に臨場し、その際、原告に対し、本件各係争年分の事業所得の金額の算定の基礎となるべき帳簿書類等を提示するよう求めたことを認め、その余を否認する。
(三)(1) 同(二)(2)イの係争各年分の原告の売上金額のうち、昭和五八年分の売上金額を認め、その余を否認する。
(2) 同(二)(2)ロの算出所得金額の主張をいずれも争う。
(3) 同(二)(2)ハの特別経費、ニの事業専従者控除額をいずれも認める。
(4) 同(二)(2)ホの事業所得金額の主張をいずれも争う。
(四) 同(二)(3)を争う。
2 反論
(一) 推計の必要性について
被告部下職員は、昭和五九年一二月五日、第三者の立会いの下に原告の提示した書類を書き写している。
したがって、税務調査は可能であったのであり、推計の必要性は存在しなかった。
(二) 昭和五八年分の実額の主張
原告の昭和五八年分の売上金額、仕入金額、経費等の実額は、別表甲2のとおりである。なお、別表甲3は減価償却費の内訳、別表甲4は仕入明細、別表甲5は外注費明細である。
四 被告(認否、反論)
1 認否
(一) 原告の反論三2(一)の事実を否認する。昭和五九年一二月五日、被告部下職員が原告方において原告の提示した書類を書き写していたところ、第三者三名が入室してきて調査に介入し、原告も右三名の立会いに固執したため、右職員は調査を断念した。
(二) 同(二)の事実を否認する。
原告が主張する昭和五八年分の売上金額は、被告の主張額と同額であるが、被告は、原告の売上金額が右金額にとどまるなどと主張しているわけではなく、真実の売上金額はそれ以上あると考えられる。
また、原告が主張する経費の中には、以下に述べるように、信憑性や原告の事業との関連性に疑問のあるものがあるので、原告主張の経費実額を認めることはできない。
(1) 公租公課について
原告主張にかかる昭和五八年分の公租公課のうち、通関料(甲第九八号証参照)は、原告の事業とは無関係である。
また、自動車重量税及び自動車税については、仮に右各税にかかる自動車が原告の事業のためにも使用されていたとしても、原告自ら計算上の減価償却(一一万三、五二〇円)の半額のみを経費算入していることに照らし、その全額を経費に算入すべきではない。
(2) 接待交際費について
原告主張の昭和五八年分の接待交際費の中には、原告の事業遂行上必要なものではなく、原告の家事関連費にかかるものが混在していると推察される。たとえば、甲第二八一号証の一、第二九五、第三〇三号証は、原告家族の飲食代の領収書と考えられ、甲第二九九号証は、デパートの婦人服雑貨売場部門の領収書であるので、いずれも家事関連費であると考えられる。
(3) 消耗品費について
原告主張の昭和五八年分の消耗品費には、クーラーガスチャージ代(甲第五二二号証と第五二三号証)やガソリン代(甲第五六五号証と第五六六号証、及び甲第六二六号証と第六二七号証)のように、二重に計上したものがある。
(4) 福利厚生費について
原告主張の昭和五八年分の福利厚生費のちで、甲第六四〇号証(飲食代領収書)にかかるものは、家事関連費であると考えられる。
(5) 雇人費について
給料支払明細書(甲第八八二ないし第九三二号証)は、いずれも、昭和五八年当時から存在していたものであるかに疑問があり、その数値が正確であることを裏付ける資料もない。
また、証明書(甲第八三九、第八四三、第八四七、第八五一号証)は、その基となった右各給料支払明細書に疑問があるうえ、給料支払日からかなりの期間を経過した後に作成され、しかも作成名義者において記載内容の正確性をなんらかの資料により確認するなどせずに署名押印したものであるので、信憑性に乏しい。
(6) 外注工賃について
原告主張の昭和五八年分の外注工賃については、外注費にかかる請求書の内容を確認するための資料とされる日報(甲第八六六ないし第八七二号証)と対応しない領収書(甲第七四〇、第七四三、ぬた七五三ないし第七六四号証)が存在し、右各領収書は信憑性に乏しい。
また、山口名義の領収書(甲第七六六号証)は、架空のものである。
2 反論
(一) 原告は、実額の主張をする場合、単に売上金額や経費の実額を主張立証するだけでは足りず、右売上金額が真実の売上額に合致することをも主張立証すべきである。
(二) 仮に、原告において、その主張する売上金額が真実の総売上額であることを主張立証しなくてよいとしても、原告主張にかかる昭和五八年分の売上金額は、真実の売上金額よりも少ないので、実額反証は認められない。
第三証拠
証拠に関する事項は、本件記録中の書証目録および証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 原告の請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 原告の請求原因2(一)及び被告の主張(一)(1)(2)について検討する。
税務職員による質問検査については、その範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、右必要と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられており、また、調査理由の個別的、具体的な告知は法律上一律の要件とされているものではなく、調査を担当する税務職員の裁量によると解すべきである(最決昭和四八年七月一〇日刑集二七巻七号一二一一頁、最判昭和五八年七月一四日訟務月報三〇枚一号一五一頁参照)。
そして、本件において、税務調査に第三者を立会わせなかったことや調査理由を開示しなかったことが調査担当職員の裁量権の濫用であるとか、本件調査がその必要なしに、あるいは社会通念上相当でない方法で行われた違法があるとすべき事情は本件全証拠によっても認められないから、原告の請求原因2(一)の主張は理由がない。
三 被告の主張(二)1の推計課税の必要性について検討する。
(一) 被告が、その部下職員を、本件係争各年分の原告の所得税調査に当たらせたことは、当事者間に争いがない。
右争いがない事実、成立に争いのない乙第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二八号証、原告本人尋問の結果(但し、措信できない部分を除く)、及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告の部下職員が、税務調査のため、昭和五九年一一月七日、同月一四日および同年一二月五日に原告方事業所に臨場し原告に対して帳簿書類等の提出を求めたが、原告は、昭和五八年度分の収支計算書を提出したのみで、確定申告書記載の所得金額の正確性を確認し得るその余の資料を提出しなかった事実が認められる。
したがって、本件において、原告の昭和五六年分ないし同五八年分の所得税について推計課税をする必要性があったことが認められ、これに反する原告本人尋問の結果の一部は、前掲各証拠及び弁論の全趣旨に照らし遽かに信用できず、外に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) なお、原告は、その反論三2(一)において、昭和五九年一二月五日に、被告の部下職員が、第三者の立会いの下で原告の提示した書類を書き写した旨を主張するが、前示措信しない証拠の外、これを認めるに足りる的確な証拠がない。
四 推計の合理性について
1 証人東好信の証言、これにより真正に成立したものと認められる乙第五ないし第一四号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の各事実を認めることができ、外にこの認定を覆すに足りる証拠はない。すなわち、
大阪国税局長は、原告の事業所所在地を管轄する被告、及び京都市内で東山税務署に隣接している左京、中京、下京、伏見の各税務署長に対し、本件係争各年分を通じて次の(一)ないし(七)のすべての基準を満たす者を抽出するよう通達指示したところ、右各税務署長が右基準にしたがって機械的に抽出した同業者は、別表乙3ないし乙5のとおり一三名であった。
(一) 管工事業(主として給排水及び空調関係の配管工事。但し、ガス配管工事を除く。)を営む個人事業者で青色申告をしている者であること。
(二) 右(イ)以外の業種を兼業していないこと。
(三) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。
(四) 事業所が自署管内にあること。
(五) 年間の売上金額が二、七〇〇万円以上、九、八〇〇万円未満であること。
なお、右売上金額の範囲は、事業規模の類似性を担保するため、被告主張の原告の売上金額を基準に、上限を昭和五七年分の約一・五倍、下限を昭和五六年分の約半分としたものである。
(六) 事業専従者が妻のみであること。
(七) 本件係争各年分の所得税について、不服申立または訴訟が継続中でないこと。
2 右各認定事実によれば、右同業者の選定基準は、業種の同一性、事業場所の近接性、事業規模の近似性等の点で同業者の類似性を判別する要件としては合理的なものであり、その抽出作業について被告あるいは大阪国税局長の恣意の介入する余地は認められず、かつ、右の調査の結果の数値は青色申告書に基づいたものでその申告が確定しており信頼性が高く、抽出した同業者数も一三名であることから、各同業者の個別性を平均化するに足りるものということができる。したがって、右各同業者の平均算出所得率を基礎に算出された原告の本件係争各年分の所得金額の推計には、特段の事情がない限り、合理性があるものというべきであり、右特段の事情についてはその主張も立証もない。
五 推計の方法による事業所得金額について
1 売上金額
被告の主張(二)(2)イの事実のうち、原告の昭和五八年分の売上金額が六、三五八万九、七五七円であることは当事者間に争いがない。また、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二九号証の一ないし第四三号証によれば、原告の昭和五六年分の売上金額は五、三八四万一、四八〇円、同五七年分の売上金額は六、五六〇万三、九八九円であるとそれぞれ認めることができる。原告の本人尋問の結果中、右各認定に反する部分は、あいまいであり信用できない。他に右各認定を覆すに足りる証拠はない。
2 算出所得金額
証人東好信の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一〇ないし第一四号証によれば、被告の主張二2(二)(2)ロの各算出所得金額を認めることができる。
3 特別経費及び事業専従者控除額
被告の主張(二)(2)ハの各特別経費及びニの各事業専従者控除額は、いずれも当事者間に争いがない。
4 事業所得の金額
以上の各事実によれば、被告の主張二2(二)(2)ホの各金額を事業所得金額であると認めることができる。
六 原告の実額反証の主張について
原告は、反論(二)において、昭和五八年分の事業所得につき実額反証の主張をするので、これについて検討する。
1 売上金額について
原告は、昭和五八年分の式につき、被告が推計の前提として主張する売上金額を認めると述べるのみで、これが同年分の洩れのない売上総額であることを立証せず、これを認めるに足りる的確な証拠がない。かえって、原告本人は、昭和五八年分の収支計算書写し(乙第一六号証の二)以外にはこれを確認し得る資料がない(原告本人尋問調書(第一八回口頭弁論期日実施分)一七丁裏)とか、被告主張の右売上金額は正確でないが原告の申告額とほぼ一致したので被告の主張を認めることにした(同調書(第一九回口頭弁論期日実施分)一四丁表ないし一五丁表)と述べるのみである。そして、右収支計算書写し(乙第一六号証の二)はメモ書き的集計表で、これには昭和五八年分の売上金額が六、一一九万二、六七五円であるとの記載があるが、これは単に領収書の金額を集計したものにすぎず、領収書のないものも含めた洩れのない売上総額の実額とはいえないばかりか、この金額自体、原告が認めている被告主張の売上金額六、三五一万九、七五七円よりも少ないものであり、右収支計算書写しは、売上総額の実額を裏付ける証拠とするに足りるものではない。
そもそも、所得実額の反証をもって被告の推計を争うためには、売上げ及び経費の双方につき洩れのない総額の実額を主張立証して、正確な洩れのない所得の実額を証明する必要がある。被告が推計の前提として主張する売上額は、反面調査などで把握し得たいわば売上額の最小限であって、原告が実額反証により主張すべきいわば売上額の最大限とは異なるから、原告は被告の右主張額を認めるだけでは足りず、原告において帳簿書類を提示しないなど推計の必要性が認められる以上、原告の係争年度における正確な一切の帳簿書類を提出し、これにより求められる売上額の総額が洩れのない正確なものであることを主張、立証すべき責任がある。したがって、原告の実額反証は、洩れのない売上総額を主張立証しない点ですでに失当であって、採用できない。
2 経費について
原告主張の実額反証は、前示のとおり売上額の点でそれ自体失当であって、必要経費についてのみの実額反証は許されないし、さらに、その経費実額自体の主張も次のとおり理由がない。
(一) 公租公課
公租公課に関し原告の提出する書証は領収書であって、支払目的が不明であり、事業との関連性が明らかでない。それのみならず、
(1) 右原告提出の書証の一つである郵便料金受領証(甲第九八号証)は、通関料とされているが、証人小島靖子の証言によれば、原告には海外との取引がないと認められるので、事業との関連性が明らかでなく、原告の事業の経費を示すものと認めることができない。
(2) 原告主張の自動車重量税及び自動車税は、その自動車が事業専用のものであったことは本件全証拠によってもこれを認めるに足りないし、特に乗用車については、原告自身が減価償却費の五〇パーセントのみを経費算入しているから、乗用車分の全額を経費に算入するのは誤りである。
(3) したがって、公租公課に関する原告の経費額の主張は正確な経費実額ではなく、そこに経費とは認められないものが混入していることが明らかであり、他に、これが正確な経費実額であることを認めるに足りる的確な証拠がない。
(二) 接待交際費
接待交際費の証拠として原告が提出する書証は領収書であって、これは事業との関連性が明らかでない。特に、接待交際費のうち、(株)高島屋の領収書(甲第二九九号証)は、婦人服雑貨売場(部門A-1)のものであることが弁論の全趣旨により認められ、また飲食代の領収書(甲第二八一号証の一、第二九五、第三〇三号証)は、いずれも飲食人数が原告の家族人員数と同じ五名であり、家族関連費であるとの合理的疑いが生じ、これを払拭するに足りる的確な証拠がない。
(三) 保険料、修繕費
原告主張の保険料、修繕費は、いずれも自動車の保険料、修繕費に関するものであるが、本件全証拠によっても、この自動車が事業専用のものであることを認めるに足りない。
(四) 消耗品費
消耗品費に関する書証(領収書)(甲第三三八ないし第六三五号証)は、支払目的が不明であって、事業との関連性が不明であり、とくに購入物品は、支払内容の具体的記載のないものが混入しており(甲第三三八ないし第三四四、第四二六号証)、家族関連費との区別が明らかでなく、これが含まれているのではないかとの合理的疑いがある。
さらに、弁論の全趣旨により真正な成立が認められる乙第二一号証、弁論の全趣旨によると、甲第五二二号証にかかるクーラーガスチャージ代の一部(盛田燃料店に対する支払)は甲第五二三号証と重複し、甲第五六五、第五六六号証は、同じガソリン代が重複記載されているものであると認められる。また、弁論の全趣旨により真正な成立が認められる甲第六二六、第六二七号証は、同一のガソリン代についてのものと認められるし、昭和五七年分の領収書(甲第四三五号証)も混入している。したがって、右消耗品費についても、原告主張の額は、これが他の支出が混入しない正確な昭和五八年分の経費実額であると認めることができない。
(五) 福利厚生費
原告提出の書証には支払目的の記載がないものがあり(甲第六三六ないし第六三八、第六五三、第六五四、第六六四ないし第六七一号証)、これが事業経費であることが明らかでないし、飲食代金につき、飲食人数が原告の家族人員数と同じ五名であり、家事関連費ではないかとの合理的疑いがあるものが混入している(甲第六四〇号証)。
(六) 雇人費
原告は、昭和五八年分の雇人費の実額を九三一万一、〇〇〇円と主張するところ、弁論の全趣旨により真正な成立が認められる乙第一六号証の一、二、第二〇号証、証人小島靖子の証言に照らすと、源泉徴収している二名分(井ノ本憲一郎、山下正一)の雇人費五五九万五、〇〇〇円を認めることはできるが、その外に原告が主張する雇人四名分(西林忠雄、石田修一、芝辻邦雄、桑原弘之)については、その裏付証拠である給料明細書控(甲第八八二ないし第九三二号証)、右四名作成の証明書(甲第八三九、第八四三、第八四七、第八五一号証)は、その所持や作成経過に関する証人小島靖子の証言の変せん、その作成年月日(数年後の作成)に照らし、その正確性につき合理的な疑いが生じ、これを払拭するに足りる的確な証拠がない。
(七) 外注工賃
原告は、昭和五八年分の外注工賃を、二、七一二万四、四九〇円と主張し、その裏付証拠として領収書や振込依頼書を提出するが(甲第六八八ないし第八〇四号証)、これらには支払目的の記載がなく、事業との関連性が不明である。
そして、右のうち、畑迫敬文に対する昭和五八年二月、三月付の領収書があるが(甲第七四〇、第七四三号証)、その確認のための資料として提出した日報にはなんら記載がなく(甲第八六六、第八六七号証)、右領収書は遽かに信用できない。これと同様のことは中山信次の昭和五八年一月分から一二月分までの領収書についてもいえる(甲第八六六ないし第八七二号証(日報)と甲第七五三ないし第七六四号証(領収書)との対比)。
(八) 減価償却費
原告は、自動車の減価償却を主張するが、その自動車全部が事業専用であると認めるに足りる的確な証拠がなく、またその取得価額、取得年月日を認めるに足りる的確な証拠がない。
(九) 雑費、地代家賃
原告主張の雑費、地代家賃全部がすべて事業用のものであり、他用途のものが混入していないことを認めるに足りる的確な証拠がない。
(十) 支払利子、割引料
原告は、支払利子、割引料の実額主張の裏付証拠として、証書貸付返済予定表(甲第八八八号証)を提出するが、これでは借入金の使途が不明であって、そのすべてが事業の経費であると認めるに足りる的確な証拠がない。
(十一) まとめ
以上のとおり、原告の経費の実額主張による昭和五八年分の所得の実額反証も、理由がなく失当である。
七 結論
したがって、被告の推計による本件係争各年分の更正処分は、前認定のとおり別表乙1の<6>欄の事業所得金額の範囲内のものであっていずれも適法であり、これに違法はない。
よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 菅英昇 裁判官 佐藤洋幸)
別表甲2
昭和58年分収支計算表
<省略>
別表甲1
課税の経緯
<省略>
別表甲3
減価償却費の内訳
<省略>
別表甲4 58年分仕入明細
<省略>
別表甲5 58年分外注費明細
<省略>
別表乙2
売上金額一覧表
<省略>
別表乙1
事業所得の金額の計算
<省略>
別表乙4
同業者の算出所得率表(昭和57年分)
<省略>
別表乙3
同業者の算出所得率表(昭和56年分)
<省略>
別表乙5
同業者の算出所得率表(昭和58年分)
<省略>